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ぶらり吉原
     樋口一葉記念館
平野 正 (遠州屋薬局)


山歩きとは別に、都内を歩きまわるのも面白い。
山の景色とはまた違った実感が味わえる。

南千住から浅草に向かった。昔は都電が走っていたところだが、地図を頼りにぶらぶらと山谷、泪橋を通り竜泉にでる。
竜泉の一葉記念館が目的地である。


一葉の文章に拠るとそのあたりは、「春は桜の賑はいよりかけて、亡き玉菊の灯篭の頃、・・・赤蜻蛉田圃にみだるれば横堀に鶉なく頃も近ずきぬ、朝夕の秋風身にしみ渡りて上清が店の蚊遣り香懐炉灰に座を譲り・・」
・・・・・野にも店にも四季が感じられる所だったようだ。

一葉の父は塩山出身で、故郷の先達が武士になり、菩提寺に大きな石碑を寄進している。
この先達に憧れを持っていた父は、大枚をはたいて侍の資格を手に入れる。
当時士分になるには、侍の株を買い、その後試験に受からなければならなかった。
学問もあり、かつ侍にも憧れ、金でその身分を手に入れてしまおうという思いが凄い。
ところが、士分になって三ケ月後に幕府は潰れてしまう・・・・・・・

父の影響もあったのだろうか、一葉も随時に気の強さが出る。文学の師である人にも、また同僚に対しても負けず嫌いな所が顔を出す。

以前塩山駅から柳沢峠に行った折ブドウ畑の中に樋口一葉の父母の誕生の地と立て札があった。柳沢峠から三窪高原に行ったが全山レンゲツツジの見事な所だった

岩波文庫は1冊に 「たけくらべ」 「にごりえ」 二編収められていて300円である。
「たけくらべ」 の読後として竜泉行きである。
記念館には、ファンにとっては堪らないであろう素晴らしい品が沢山ある。

真如が雨中鼻緒を切り大黒屋の寮に沿った塀の所で苦労しているのを、美登利が見ている。
この場面は物語りの盛り上がる所である。

薬局には大黒屋寮跡の縦書きのかなりの年月を経た古い銅板が掛かってありますが、そのすぐ下に明らかにずっと新しいものと判別できる横書きの説明文を刻んだ銅板があり、それを良く読んでおられないのではないかと思います。それには
 「----
前方の車道の西寄り三角地帯に大黒屋の寮があり、そこには美登利そっくりの娘もいた。-----」とあります、とのご指摘を写真および地図をお借りした「ぶらり文学史跡散歩」の作者/nam様からいただきました。
御指摘に感謝して、「 店頭に大黒屋寮跡の看板がある。」、は削除いたしました。(平野)

樋口一葉宅跡



見返り柳


旧大門(おおもん)のあったところ
向かいは吉原で現在はソープの町である。「冷やかし」と言う言葉も、浅草からうまれた。
吉原の近くでは紙が漉かれていたようで、その名残の「紙洗橋」がある。

此処で作られた紙は再生紙で紙くずやボロからすき返して紙にした。いわゆる浅草紙(灰色でザラザラの落とし紙)の事だ。
古紙を水に浸しふやかす事を「ひやかし」と言い、この時間帯に職人が吉原を回り、所謂「冷やかし」して回った事が始まりだ。
店にあがる気も無いのに格子越しに女性をからかう事をした。
志ん生の廓話のなかで、呼び込みの牛太郎や、格子につかまって、花魁を冷やかす、“しやかし専門”が活き活きと語られるところだ。


さて、「中」へ入ると、それぞれの店の入り口に黒いスーツの若い衆が立っている。
今風の牛太郎なんだろうが、みんなが黒いスーツで、ズラーッと並ばれていては、冷やかす気分になれるもんじゃない。薄気味悪い。

だから、いささか緊張気味に、真っ直ぐ前を見すえて歩道の車道側を足早に歩いていたら、日本堤から大門(おおもん)を通る老人の団体が、文学散歩にヨチヨチやって来た。なんとなく安心した。
「中」では、今も昔も同じ様な事をしてるのかも知れないが、むかし噺から察するに、昔の方が陽気な華やかさが在ったのだろう。

あの有名な「見返り柳」は案外細く、小さなものだった。
聞くところによると三代目とのこと・・・・・・納得。

見返り柳のはす向かいには、客の行列の出来ている木造の二階屋がある。
テレビに度々出る、浅草の名物で、有名な伊勢屋という天丼屋があるというので、何処に在るのかと思ったら、此処だった。
食べたかったが横目で見るだけにして、観音様に向かう。

途中、吉原に客を乗せて行くための馬がつないであったという、「馬道」辺りは、煎餅屋や料理屋が所々にあるが、古い町並みなので、江戸から続いているのでは、と思わせる。
この辺の人は、江戸文化の象徴である芝居に詳しい人が多く、今でも、野暮な人を見て「あいつは赤西だ」などと言うそうだ。


本郷菊坂界隈

仲見世で人形焼きを買い、伝法院通りでイロハガルタの駄洒落変えを見ながら、すし屋横丁の手前の日の出煎餅で煎餅を買い、焼きたての暖かいのを頬張りながら上野に向かう。

一葉は千代田区内幸町に産まれ十四回引っ越をしている。

上野西黒門町、本郷菊坂、亡くなったのはそこから程近い西片である。
竜泉の生活の後に西片に引っ越している。

秋口までは植物図鑑を持って山歩きだが、今回は文庫本を持っての、児玉 清ばりの散歩パターンである。


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平野 正(遠州屋薬局)
e−mail jov05546@inet.jovy.co.jp
写真はぶらり文学史跡散歩からおかりしました
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