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ぶらり山中湖

石 割 山
(写真/筆者撮影)


平野 正 (遠州屋薬局)

EM jov05546@inet.jovy.co.jp


今回は相模湖駅5時51分の電車に乗る事になった。
5時に宿の窓を開けたら、相模湖の対岸の山は勿論、中央高速の直ぐ上の山も靄って見えない。梅雨時だからしかたがないが、予報どおりに雨が降らないことを信じるだけだ。

以前富士山を見たくて、本栖湖、河口湖、三つ峠に一年に3回も出かけたが、一度も富士は見られなかったので、執念のようなものになって、11月には三国山に行き、秋晴れのもと、山中湖を挟んで、彼方此方から5時間も富士山を眺めることができ、ついに本懐を遂げることができ、やっと満足にいたった事があった。
今回は梅雨時であり、晴れは期待できないが、富士山周辺から富士山を眺めるための、再度の挑戦である。
山中湖の辺には「平野」と言う聞いたことのある地名の場所があり、そこから登るルートの石割山へ行く事にした。


5時の相模湖駅には駅員がいたが、ちょうど鬚を剃っているところで、富士吉田までの切符を求めたところ、自動販売機で大月まで買って、そこから先の富士急の分はそこで買ってくれ、とつれない返事・・・。

5時51分の中央特快「大月」行きがホームに入ってくる。各車両に4人ほどずつ、ザックと杖を持ったグループがいる。おそらく、東京を4時半頃発車の電車に乗ったはずで、われわれもそうだが、物好きな人はいるものだ。いったい何時に起きてきたのだろうか、よけいな気を廻してしまう。


富士吉田発7時25分のバスで平野へ行く。
バスを待つ間駅舎の周りを飛び交う鳥を見ていたら、最近松戸では目立たないツバメだった。
この時間、松戸の駅前を跳梁跋扈しているのはカラスのはずだ。


バスに40分程乗って、降りたところの道脇に赤い鳥居があり、道路の両脇には「石割神社」と彫った二本の大きな石柱が立っている。そこから40分位歩き、沢を渡った山のふもとに赤い鳥居があり、その先はえらく急な、大変な階段である。
中ほどまで登って写真を撮った。

(写真)↓






階段の勾配はどの位が一番疲れないのかは解らないが、この階段は一歩では上がれない。一段に二歩かかる。右なら右だけ一方の足が登りになるようになる。
相模湖に与瀬神社があるが、この階段も急勾配で、しかも足を乗せるところは30cmくらいしかなく、一段の高さ(蹴上げ)は家の階段よりは高い。だから、一歩、また一歩と、長く登らなくてはならず、随分くたびれた思い出がある。


階段は坂路より疲れる。一段を三歩で歩き、左右の足が交互に使えると登り易いと思うが、どこの山でも神社でも同じ側の足で登るようになってしまう。








直線の階段が終わると、右に曲がり、未だ相当の長さの階段がある。それを登り切ると、やっと一本松と言う平らな所になる。ここから楽な坂道になり、山ツツジが未だ咲いているのが目に入ってきた。

昨日も雨だったにもかかわらず、道はぬかっておらず、針葉樹の落ち葉で適当に弾力があり、歩きやすかった。と思うまもなく、ふたたび急な坂になったり、また、岩場を登ったりするうちに、巨大な岩のなかに祠があった。
岩には太いしめ縄がかかっており、大きな割れ目が入っている。裂け目が石の字に見える大岩が御神体である。立て看板を見ると「天の岩戸」とある。














巨大岩の裏側には、もう一つの巨大な岩があり、そのあいだは、細身の人がやっと通れるくらいの隙間があって、人を通すための足場が作られている。

ザックを置いて横になれば通れるかも知れないと思ったが、女房はザックを背負ったまま通ってきた。岩からは絶え間なく滴が落ちていて、この水は眼病、その他の病にも霊験あらたかで治療に利用されていると言う。








ここからふたたび、特に急な登りになり、張ってあるロープに助けられ20分くらい登るとついに頂上に飛び出した。
突然、360度の視界が開ける。



しかし梅雨の最中、雨はないが厚い、暗い雲に覆われ、山中湖は見られるものの富士山はまるっきり見えない。
くやしいが、雲の中の富士を想像するのも楽しみのうち、と自らに言い聞かせる。
やっとゆっくりでき、いままでの経路と、これからの道を地図のメモで見た。
最初に目に入ったのは、先ほどの巨岩の「岩くぐり」は、三回やると良い事があると書いてあったが、女房は一回しか通らなかったのが心残りの様であった。



地図のメモの、道標に沿い尾根伝いに中尾山大窪山イモ山大平山長池山と越え、忍野の方に下る、とのことを、ざっと見て出発した。
ところが、次の山に着いたら、そこには「平尾山」と書いてある。道を間違えたか・・・・・
山頂は平らな広場でベンチがあったので休憩した。まだ10時半だが、朝食を取ったのが5時だったので、腹もへったので昼食にする。
今日の弁当は電車に乗る前にコンビニで買ったお握り。
いつもの家から持っていく女房の作ったのに比べると大分柔らかい。いつもはひとつしか食べない女房も、今日はふたつ食べる。自家製のおにぎりとは「米粒の詰まり具合」が違うのだ。
二個で一個分か・・・・

食事をしながら案内図を再検討した。
 


道は一本道。前に見える山には別荘が幾つもみえる。案内書にもそう書いてあるので、次は大窪山に違いない。そのベンチからは大窪山までの下り、登りの道が全て見える。これから一旦下るが、またも登る道が丸々見えるのはプレッシャーだが、一服した後はマイペースで、見えていた道を下り、登り返した。



道端にはちょっと菖蒲に似た綺麗な花があったが、1400mの山に菖蒲、あやめ、又はカキツバタの類の花が咲くのか、ちょっと考えてしまう。
水元公園には、水辺からカキツバタ、菖蒲、アヤメの順に、高さを変えて分布している様子が書いてあったような気がするが、まさかこんな高地に咲くとは思ってもみなかった。

(帰ってから植物図鑑を見ると、カキツバタ、菖蒲は水辺に繁殖する。アヤメは山野に繁殖するとあったのでおそらくアヤメだったのだろう・・・)

(写真↓)



相変わらず山中湖の対岸は厚い雲である。
大窪山を通りすぎると、道は一本しかないが、石割山の山頂での案内図で見たイモ山の文字もなく、次の山は飯盛山と書いてある。(清里から登った飯盛山は「めしもりやま」と読んだ。)

飯盛山を指す道標の先は道が2本ある。まあ、良いやと広い方の道を30分も歩いているうちに、もうひとつの道と合流した。
この時メモに「イモ山」と書いてあったのは「飯盛山」の読み方だったのかと気がつき、道も間違いないと安心。




今日は、いつものように人と会わないので、のんびり出来て良い。
上りも下りも木枠で階段にしてあるところが多いが、土がほじくれ、木枠が飛び出し、歩き難いので階段の横を滑らないようにふんばりながら歩く。
イモ山の辺りで期待はしていたものの、見えなくても、もともと・・・、と思っていた富士山の頂上が突如と顔を出した!!
頂上の右に少し雪が残り、左は神々しく、どっしりした褐色で・・・・と思ったらまた雲に隠れてしまった。
富士山方面を除いては大分明るくなったが、富士山だけは相変わらず裾野からすっぽり雲の中である・・・・・

両側のブッシュには女房が「ウツギ?」()とつぶやく花があり、それも中々可憐である。
アンテナの鉄塔が何本も立っている。
「大平山」に着いた。展望は今日のなかで一番良い。
ここには珍しく人が三人いて、皆、富士山の写真を取っている様である。置いてあるビールの量からすると、絶好の時間帯を待つために、相当の時間其処でねばっていたんだろう。
こちらは写真マニアではないので、雲の切れ間に富士の頂上をかいま見、また雲間に隠れるのを二〜三回繰り返し「長池山」に向かった。

長池山を下り、ただちに忍野八海方面の標識に従って進む。
林の中で、木漏れ日が差してきている様子が解る。
(夏でも木漏れ日と言って良いんだろうか?木漏れ日は冬の季語のような気がしてならないが・)

相変わらず土の木枠で土止めした階段であるが、人が余り通らないのか階段が穿れてなく歩き易かった。
別荘が見え始め、山路も仕舞いに掛かる頃、突如、1m位の蛇が道を横切ってきた!!
びっくりしたが、ゆっくりやり過ごし、蛇の尻尾が道を渡り終えたので歩き出したら、蛇はバック転してこっちに向かって来ようとしてる!!
だが、強靭で、柔軟な筋肉をもつ蛇とはいえ、1mをすばやく360度回転はできなかったようなので、そのまま通りこした。


うつぎ
しばらくして畑に出たが、何処が忍野八海のバス停だか解らず、人もいなくちょっと不安になったが、遠くに自動車が通っている道を見つけて、とにかく其処に行くことにする。そこまで行けばなんとかなるはずだ。
広い畑を横断し、道路に出ると富士吉田行と書いたバスが来た。必死に手を振ると停まってくれた。
昔はともかく、最近の都市のなかでは、こんな親切には出会えない。懐かしい感激にひたる。
このバスが、忍野八海入り口のバス停に着くまでには、幾つもの停留所がある。忍野は広い所だと感じだ。
八つの湖沼毎に場所特有の景色が現れる忍野八海にも、ゆっくりこなくちゃならない・・・。


いま、登山を「減量の手段」として、また「汗をかくこと」が、一番のストレス解消と思って、苦しさと、そのあとの爽快感を楽しんでいる。
だから、登りの苦しさを終え、帰りの電車に乗ると、次ぎは何処に行こうかと考えてしまう・・・・  
6月17日
 富士五湖と石割山に間する情報  (提供/富士五湖TV)  本町自治会