駅前デッキから下に降りて
       旗ざお、看板ビラ・ポスターから開放された地域への誘い・・・・江戸川関連
   
ふれあい松戸川   源内橋へ   源内邸へ   堂の口橋へ   上横町へ   大通りへ   金比羅通りへ

左・茶色の建物は市民劇場    「江戸川通り」入口
拡大画面

kawa1



kawa2

yachoh
土手の下は・・・・・・

yachoh
そしてここは駅近くの、「野鳥たちの別荘地」でもあります


bird写真提供 平野 正さん 

next
bird2
  




gennaibashi

2本の橋のうち、下手は源内橋ですが、現在修理中です。
河川管理担当部局が懸命に補修作業をしておりますが、橋を渡りにいらっしゃる方も増えつつあります。台風シーズンが終了後・・・・などといわず、早急の復旧を、ぜひともよろしくお願いするところです。
本町自治会 納屋川岸町会 平潟自治会
gennai-bashi
青木邸へ
  
お弁当持参でピクニック
mokuji
船や筏や渡しで賑わった江戸川水運


191ページ
aoki
水戸街道松戸の脹わいと平潟遊廓 江戸川図志 山本鉱太郎著 崙書房出版
堂の口橋へ
下総鮮魚街道 (十二代 青木源内)
松戸の河岸

東葛百万人の生活用水確保
石鹸臭い江戸川のコイ
厳戒の金町関所
松戸の渡し場はどこ
将軍吉宗小金原へ鹿狩り
納屋河岸の青木源内さん
江戸向け鮮魚の中継河岸



236ページ
   今はこわされた納屋j河岸の青木源内さんの家
   (長屋塀は復元)





     解体前の青木邸 (青木家所蔵)

      納屋川岸 青木源内邸 長屋塀 現在


   納屋川岸 青木源内邸 現在


    納屋川岸 青木源内邸 長屋塀 堂の口橋へ
doh-no-kuchi
堂の口橋からきつね橋(赤い橋 画面着色)方面  横丁へ

堂の口橋から坂川に沿って路地を入ると、板倉鼎ほか多くの画家、写真家が描いた名所








と寄








ここから、ちょっと寄り道して・・・・




 
きつね橋(本物は青↑昔は赤でした)ときつね橋から堂の口橋方面を望む
yokocho
上横町(通称・横丁) 下横町は角町と宮前町・小山付近 

上横丁(通称横丁) ブリキや、畳屋、 鍛冶屋、左官屋、大工など職人の集まっていた横丁
ohtohri
ここの横丁から大通りに出ると・・・・↓

大通り商店会・・・「商店街」らしくはないが、なんとも懐かしいレトロなひびき・・・・・金比羅通りへ
kompira

  横丁を出て大通り・・・・・・右端の道が金比羅通り


本町と二丁目との境 金比羅通り
これは二丁目原田米店・・・・・・・・・・・・・

水戸街道松戸の脹わいと平潟遊廓
昭和の松戸誌





水戸街道を往来した十四大名
松戸の本陣は明治二年焼失
俳人小林一茶と大川立砂の交遊
万満寺と蘇羽鷹神社
小金宿に水戸藩専用の本陣
野馬奉行所跡と本土寺
平潟遊廓の歴史   
               平潟遊郭 (本町自治会
将軍の鹿狩りで宿場大繁盛



   252ページ 平潟遊郭の元叶家

   250ページ 松戸の平潟遊郭跡
   253ページ 十数年前の平潟遊郭跡
常磐線と矢切の渡し
賑やかだった土浦線開通
待ったがかかった流山経由
存在しなかった田端・流山中心部迂回案
おかしいぞ、四つの点から
江戸時代からの矢切の渡し
山田洋次監督の寅さんシリーズで脚光
感動の名画「野菊の如き君なりき」
西蓮寺に『野菊の墓』文学碑

門前町柴又と金町・水元界隈
柴又人気は寅さんのおかげ
発見された題経寺の板本尊
千客万来の料理屋川千家
柴又せんべいの歴史
もとはよろづやの高木屋老舗
柴又最古の料亭ゑびす家
作家たちに愛された老舗川甚
第一高等学校ボート部の遠征
園田さんが作る柴又名物弾き猿
ショウ的面白さ松屋の飴切り
大町桂月も乗った人車鉄道
自然いっぱいの都立水元公園
洪水時に使った松浦の鐘としばられ地蔵
半田稲荷と願人坊主の話
囃子で知られた葛西神社
厳しかった旅人泣かせの金町松戸関所



江戸川べりに住む人々の飲み水
井戸よりうまかった川水
北千葉広域水道企業団とは
江戸の神田上水と玉川上水
都内最大の金町浄水場
なつかしいとんがリ帽子の取水塔
念入りな沈でん・ろ過・消毒

台風襲来!暴れ狂う江戸川

パニック的洪水の恐ろしさ
水神信仰と「八朔の荒れ」
江戸時代の水害
浦安を襲った大津波
カスリーン台風とキティ台風の惨禍

とんがり帽子の取水塔(本町挿入)
水上から見る市川〜松戸


235ページ 松戸の里

文学と歴史のふるさと市川

式場病院と天才画家山下清
連隊跡は学園都市
近代スポーツの父坪井玄道
紅葉の名所真同山弘法寺と小林一茶
手児奈も汲んだ「真間之井」
里見公園と手児奈霊堂
国府台の下まで東京湾
亡命詩人郭沫若の旧宅
露伴八十年の巨きな生涯
荷風孤独な老残の日々

小岩・篠崎・葛西界隈
詩人北原白秋の紫胸章舎
佐倉道小岩の関所と渡し
小岩は幕府公許の定船場
小岩・市川の渡しから市川橋へ
浅間神社の幟祭と江戸川閘門のサクラ
こんにゃく閻魔と役者寺
俳人石田波郷と杉芽女の句

里見公園下(本町挿入)


江戸川可動堰江戸川放水路へ 通常は閉鎖、増水時のみ東京湾に放流 (本町挿入)
水上から見る市川〜松戸

水運で賑わった行徳河岸今昔

高潮と塩害防止の行徳の可動堰
ハス田や稲田は今や高層マンション街
行徳のシンボル常夜燈
頼朝も食べたか笹屋のうどん
行徳塩田の歴史
勇壮!江戸川の神輿渡御
権現みちは寺町
行徳は東京のベッドタウンか

江戸川の川口は未来の海上都市浦安
埋め立てられた船圦川
日本一の成長率を誇る新興都市浦安
新川を行く川蒸気通運丸
東京湾は豊饒の海
山本周五郎の『青べか物語】
漁業権を全面放棄した漁民
本州製紙の江戸川公害事件
関東一の金魚養殖池
浦安の海苔の養殖
浦安名物べカ舟の消えるとき
浦安の歴史がわかる郷土資料館
松井天山の浦安町鳥轍図
陸の孤島だった浦安大変貌
夢の楽園東京ディズニーランドの誕生
二十一世紀にはばたく未来の海上都市

kohzaburo
昭和の松戸誌 渡邊幸三郎 平成17年4月30日発行 崙書房出版株式会社





昭和の松戸誌  目 次

第一章 序論
私の思い・私の方法 ── 記憶と古老からの聞き取り

第二章 プレ昭和の松戸の姿
地形と松戸集落の成り立ち・松戸八町内と横丁通り・地方中心都市としての松戸・関東大震災とデマの下の松戸・

第三章 昭和戦前の松戸の姿
「伸び行く松戸」に見る景観・暗黒と静寂な夜の町・通り端に井戸のある景観・不景気時代の若者 ── 苦学力行物語・松戸のボロ市・火事と消防
第四章 歓楽街平潟遊郭の姿
平潟の街のただずまい・妓楼の盛衰・貸座敷業の実態・厳しい当局の規制・平潟遊郭の終焉

第五章 昭和十二年の家並み図を作る 
なぜ昭和十二年なのか・根本・一丁目・二丁目・三丁目と宮前町

第六章 続昭和十二年の家並み図を作る
角町(その一)・角町(その二)と小山・松戸駅前通り・葛飾橋通り・下横町・納屋川岸(その一)・納屋川岸(その二)と上横丁(堂の口通り)・平潟・根本川岸

第七章 松戸の商家 
江戸期から続く商家・屋号の語るもの・消化のただずまい・広かった商圏・商家の生活・町内地区毎の特徴・商家の様々な職種・金融機関の創設

第八章 地場産業の盛衰
醸造業・製粉・製麦業・川光と白玉・その他の工業

第九章 待ちに待った省線電化
荷馬車の頃・バスの登場・オート三輪の出現・往還の拡幅と舗装・省線電車の開通・住宅地化への動き

第十章 戦前の台地の利用
松戸にもあった林業・園芸学校の生い立ち・工兵学校の開校・台地奥に開設された諸施設

第十一章 松戸の母なる江戸川
江戸川及び堤防の変遷・広い川原の風景・大水の凄さと恐ろしさ・江戸川の水と川底・江戸川の渡しと舟と舟運と・江戸川の漁業・現江戸川堤防をを歩く

第十二章 水とのたたかい ── 生活の川坂川
掘られた人工の川・坂川上流をたどる・下谷三千石の形成・度重なる大水・坂川の農漁業と水運・いくつかの坂川物語

第十三章 近郊農業の姿
戦前松戸の農業・農家のただずまいと生活・農家の一日の生活と食事・農家の四季・市場とせんざい・農家に来た雇人・物売・貰人・農家のしきたりと農村行事

第十四章 少なかった娯楽
活動写真から映画へ・流行歌と浪花節・草相撲と縁日と祭礼

第十五章 貴重な教育遺産 ── 「待土」
学校文集「待土」の誕生・「待土」にみる綴方教育・豊富な「待土」の内容

第十六章 子供の遊びと生活
戦前の子供の姿・幼い頃の遊びの記憶・歌ったわらべうたや童謡・遊びのルール・農家の男子の遊び・町場の子の遊び・たくさんあったタブー・少年雑誌と単行本

第十七章 松戸の戦中戦後
市制を施く・戦争の深みへ・迫る戦火・戦後の出発・戦後松戸とプロ野球・戦後松戸の農業・後背地へ向けての序曲

第十八章 高度成長化の変貌
地形の変化と緑の減少・市役所の移転新築・常盤平団地の誕生・区画整理と土地改造・都市改造と失ったもの

第十九章 昭和松戸の残された話題 
松戸の三様・夭折の天才画家板倉鼎・記憶に残る人達・戦前の世相風習の一端・珍しい神社の鰻絵・人口激増期の学校新築ラッシュ・二十世紀梨余聞・松戸霊験記・人魂騒動記・私の昭和コレクション

第二十章 宿場の面影今いずこ
これからの松戸を憶う