| 去年の櫻 |
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シーズン初めのハイキングは歩行時間3〜4時間で、午後4時には帰って来られるところの条件で行き先を決める。 鉄道の駅の近くから登り、帰りも電車の駅に至るところが都合よい。 観光シーズン中のバスは、特に山の一本道では渋滞で何時間掛かるか解らないので避けなければならない。 初めて湯坂道に行った時もその条件だった。 登り始めからきつかったが、中腹からは見事な山桜に見とれ、思いもかけない感激に後押しされた感じで、楽に登れた。 大島桜の白い花、山桜のややピンクの濃い小振りの花と茶色い若葉、染井吉野に近い薄ピンクの大ぶりの花等・・・・
感激した山桜を見に、毎年湯坂道を歩くが、その年の天候により花に早い遅いがある。 湯本のお土産店街をぬけ、旭橋を渡り、北条早雲が愛した温泉(現在は和泉と言う)の脇から山道に入る。 馬酔木の花らしいのが多数落ちている。 湯坂道は「鎌倉古道」とも言われ、実朝が 「箱根路を 吾が越え来れば伊豆の海や 沖の小島に波の寄る見ゆ」 と詠んだ。 また、大石内臓助がこの路を通って江戸に上った、とのことで、鎌倉や江戸の史実の上を歩いている気分で、往時に思いを馳せながら登る。 山道の脇の木々は、互いに遮り合って、海も初島も眺望出来なかった。 もっとも、春は春霞で遠くは見えない事が多い。 初めて湯坂道を歩いた時は4月だったが、登った時はスミレが咲いているし、草ぼけも沢山あり、思いもかけなかった山桜に感激し、楽々と登った路だったが、期待した初島は見えなかった。 初島の眺望ににこだわって、一ヶ月後、早朝まで土砂降りだったにもかかわらず、再び挑戦。幸い、6時には雨も上ったので空気も澄んで遠くも見えるだろうそして初島も見えるだろうと期待していたが、雑草は1m位の背丈で生い茂り、花も無く、初夏の暑さに加え雨上がりで蒸すし山道は大変苦しく気温の上昇で靄って、またしても、初島を望む事は出来なかった。 その時道元の、「仏道もとより豊倹より跳出せるゆゑに、生滅あり、迷悟あり、生仏あり、しかもかくのごとくなりといへども華は愛惜にちり草は棄嫌におふるのみなり」 を思い出した。
そんなことを考えながら、今年(平成13年)は三月の中旬から急に暖かくなり、桜も開花から満開の期間が短く、季節の花々も十日前後早いと言われている山道を歩く。 案の定、登り始めでは桜と思える木は青々した葉を付けている。遅かったかなと思いながら、もし桜が無ければ、スミレや草ボケを撮って、山日記にしようと考えていた。
今本町の花壇はパンジーが原色の花を競っている。 山の菫は、「山路来てなにやらゆかし菫草」、と詠まれるように、薄紫の小さな目立たない花だが心を打つ。 前回、四月の四週に行った時、中腹では山桜が花吹雪状態で風に舞っていた。 絶え間なく花弁の飛んでくる倒木に腰掛け、昼を取った。 その山桜も若葉で青々していた。やっぱり例年より花の盛りは一週間早い。 湯坂道を下ってくる団体さんに、「桜はどうですか?」、と声をかけたところ、少し有るが、山桜だから、染井吉野の様に派手では無い、と言う返事だった。 高度を上げると路に落ちている花弁も多くなり、その分、木はさびしく、花は若葉に隠れるように付いている。 登るごとに、花が多くなってきた。10mの高度毎に気温が下がる。木は敏感に感じているのだろう。白い大島桜の満開に出会ったのを皮切りに、やや色の濃い山桜、染井吉野に似ているが、ちょっと小振りの花と次々に出会った。 若葉の中にポツリポツリと山桜があり、山間で歩を進めるたび桜に出会う感じは、街中の並木の花見とは一味違う。 初めてここに来た時、花のおかげで楽々登った路も、「歳を経し糸のみだれの苦しさに・・・」(※)、という安部貞任の詩のように、時を経た筋肉の衰えを感じ苦しい。
この路の最高点には 「湯坂道入り口」 というバス停がある。 正月の駅伝が通る道である。 山の中を直線で登ってきた山路と、迂回してきた自動車道とがまじわっている。 また、湯坂道入り口停留所の二つほど湯本寄りよりには「笛塚停留所」がある。 この笛塚は、義家の奥州遠征の時、新羅三郎義光(笙の名人)が従軍し、そこで、若しもの時を考え、弟子に笙の技術を伝授したとことろ、という由来からだそうだ。 笛塚の地名は隣の足柄山にもあるが、古書には足柄山で授ける、という本もある。 駅伝のコースは湯坂道から芦の湯、そこからしばらく下り、箱根神社の大鳥居を潜り、芦ノ湖畔を通って元箱根が一日目のゴールである。
道々三組の二人、三人の登りのグループと一緒になるが、こっちが休んでいると抜いていく。こちらが歩き出すと先方が休んでいたりしているうちに、いつの間にか見えなくなった。 頂上の大分手前で大平台に下る頃、5人のグループと一緒になった。 話し声を聞きながら歩きたくないので、一旦、浅間山(せんげんやま)の頂上まで行き、宮の下に下った。山に行った時ぐらい、人と接触したくない気持ちになるのかもしれない。 下る途中ムラサキヤシオに出会い、得をした気分になった。 箱根でムラサキヤシオを見るのは始めてである。 急な路を下ったが、前から早足で登ってきた人に会った。健脚の人もいるものだと感心した。 宮の下の有名な富士屋ホテルで風呂を浴びようとも思ったが、その前の路地を入ったところにある、気楽な「太閤の湯」の自動販売機で三百円の入浴券を買って、ゆっくりした。 風呂の窓は開け放れていて、目の前は明星ケ岳である。 桜のこんもりしたピンクと白っぽい若葉のかたまり。黄緑の塊や常緑樹の深みのある緑も春の光の中で明るい色合いである。若い息吹を間近に見、また、心で感じ一時間ばかりゆっくり温泉に浸かった。 疲れで張っていた足の筋肉もほぐれてきた。あとはバスを避け登山電車で帰るだけだ。 いつものごとく箱根湯本駅の売店で鈴廣の白ちくわとビールを二本買い、小田原で東海道線に乗り換え、女房と電車の中で乾杯し、東京駅までピンクと若葉の半円状の色彩が幾重にも重なった山を思い浮かべ眠りについた。 |
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| 平成13年4月記 |
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| 写真は、著者の初めてのデジカメによる作品 (本年挿入) |
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| 本文は、平成13年3月に投稿されたものですが、編集の都合で桜のシーズンに間に合わず、掲載を、1年、待っていただいたものです 参考 | ||||||||||||||||
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