戦 場 ヶ 原
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初めて戦場ヶ原を通ったのは昭和28年8月小学校6年の時であった。 広い草原の名前の由来をー戦国時代の何氏と何氏が争ったのかー知りたかったが戦場が原の名は神話上の事だった。その時はバスで湯元へ行って一泊した。 湯の湖の周りも3分の1が舗装道路になっている現在のようではなくて、深い森林の中に湖が光っていた記憶がある。子供心に憶えているのは親父が女中さんにチップを上げたら女中に「これは板さんと半分にするのですか?」と聞かれ、渋々もう一つチップをやった事だ。 まじめな商店主は不慣れな事が多い。 日光へ行く手段も国鉄だった。 雀宮、宇都宮の駅名から、そこには都が有ったのではないか、と思った小学校6年時の記憶が強烈に残っている。 国鉄日光駅の西洋館風の駅舎も記憶に有る。 日光市内に田母沢御用邸跡があり、やんごとなき御方たちが国鉄を利用していたのが理解できる。小生は現在東武鉄道を利用していて、こちらの方が所要時間はずっと短いが、思い出の雀宮、宇都宮は通らない。 この時は翌日またバスで東照宮に戻り見学した。 戦場ヶ原を歩くのは20年以上経って子供が小中学校に行くようになってからである。 初めて湯の湖から竜頭の滝迄歩いた時は澄んだ空気とくっきり見える太郎山、男体山と戦場ヶ原の湿地の草原を木道で歩き、脇を流れる湯川を含めた雄大な景色に感激をした。 高原の色彩はそれだけで感激させてくれる。 澄んだ平地よりは薄い空気がそうするのだろう。戦場ヶ原の道路反対側の高原野菜畑を赤沼に抜けたときも何の変哲も無い田園風景が特別美しく見えた。 去年デジカメをやり出すまではただひたすら歩いて遠景を楽しんでいただけだったが、最近は道脇の叢に注意をしながら、山野草を探すので時間が掛かり、運動量は減る。 しかしPCに花々を再現した楽しさは、それまでの記憶にだけ残したハイキングより、あとからでもより鮮明に思い出させてくれる。 今日は次女と6時に上野で待ち合わせをしていて余り時間が無いので湯滝から歩く事にする。赤沼または竜頭の滝迄歩き、2時頃のバスに乗り、東武日光4時の急行で帰る。丁度良い計算である。 夏は雑草、野草が勢い良く生い茂っていてその中に小さな野草の花が何種類もある。 小さなものほどデジカメの焦点を合わせにくい。 また、そよ風は体には気持よいが、植物を揺らすので揺れの止まるのを待つのも時間がかかる。小さな花は接写で撮ってもはっきりしない。 ヨドバシカメラで聞いたら2,000円位のマクロレンズを教えてくれた。(オリンパスの純正だと10,000円以上する。勿論性能に差は有るだろう) 当方は永遠の初心者なので高価なものはいらない。早速カメラにつけて花と10cm位の距離で撮影をはじめた。 良い具合に焦点が合いやすい。 映像がはっきり眼に入ったところでシャッターを切ったが結果はどうだろう。 地面に近い花にカメラを近づけると当然小生は下向きになり、頭が下がる。 心臓は圧迫され、頭に血は上る。 動悸と頭の充血で息苦しく手が震え、長く同じ姿勢を取り続けるわけにはいかない。 従ってピントを合わせられない事も度々ある。 バス停から200m位の湯滝に出るにも草花が目に付き時間が掛かった。 以前子供と湯の湖から下ってきた時、湯滝で突如自然の欲求をもよおした、「更衣」しに公共トイレに入ったことがあった。 ところが男子用の扉は釘で打ちつけてあったので、止む無く人の居ない女性用を使用して外に出たら行列が出来ていてびっくりしたした。 下手をすれば軽犯罪だ。折角の安堵の気持もすっ飛んでしまった事があった。 (漢方の原典で通じがあることを更衣という)
因縁の場所を通り湯滝に出ると一週間前に台風の直撃を受けたせいか湯滝の凄い量の水の落下に驚き感激した。 滝幅は広く、途中で飛び散る水煙も激しく豪快で涼しさを感じた。 観瀑台にまで飛沫が飛んでくる。 湯川の流れに沿って戦場ヶ原ハイキングの出発である。 笹原で木は林立してないが、そこここに大木のある所を歩く。 道脇にはノリウツギの花が彼方此方にある。 川原の湿地でショウキランを見つけた。 腐生植物と言い葉緑素を持たず(光合成を出来ず)腐植土から栄養を取るという。高尾で見かけたギンリョウソウと同じ仲間かと思える。
ここの笹はせいぜい膝位だが茶ノ木平の笹は背丈くらいあり、首や顔に傷を付けないような配慮が必要だった。 小滝を過ぎた湯川には釣り人がいて天然の川虹鱒を釣り上げた所だった。 魚は綺麗な色合いだ。 楽しみはそれぞれだろうがこんな所までは来て貰いたくない気持だ。 中禅寺湖の南岸も菖蒲が浜迄、半周するのに6時間はかかり、人と合わないのが魅力だったが、最近はかなり奥まで四輪駆動車が入り釣り人に会う。 静寂が欲しい場所なのに・・・ この辺から泉門池(いずみやどいけ)、戦場が原の湯川にかけて川の中の倒木を多く見かける。標高の高い所では風が強く喬木は抵抗できず根本から倒されるようだ。 泉門池では池の周りに木道が何重にも整備され、ベンチ代わりにもなり、林間学校の生徒で一杯だった。子供たちも野外勉強で生き生きしている。
いよいよ広々した草原に出る。 草原の木道寄りは「ほざきしもつけ」が沢山ありピンクの花を付けている。 白い「いぶきとらのお」もあそこにも此処にもある。 遠くは白樺が単独で何本もある。 さらに遠景は霞んだ太郎山、男体山で雄大である。しかし今日は山野草が目当てなので7割は木道の近くまたは木道の間に眼が行く。 「うつぼぐさ」「やまおだまき」「ほたるぶくろ」「わたすげ」「うまのあしがた」「にがな」「げんのしょうこ」に似ている「はくさんふうろ」等々・・解らない草花も沢山ある。
2001年7月、鷹巣山へ行くまでは、「ああ花が咲いているな・・」、くらいにしか思わなかったが、最近山には普通のおばさんでも植物を良く知っている人が多い。 それに刺激されているところもあるのかもしれないが、小生もあれこれ写真を撮って憶えようと思っているのかもしれない。 木道には所々に学習の掲示板もあり、谷地坊主の名も憶えた。 面白い物ができるものだ。 「すげ」の仲間が高さ2−30cmの株をつくり、水位が上がっても水没しないよう工夫をしている。
5km位の道程を3時間近くもかかってしまった。 今年はいかにも梅雨時らしい梅雨で、その間何処も出かけられなかった。 梅雨の間はだるく、今年は山は無理かな、と思う事があったが、梅雨が明ければ、また猛暑で野外を歩く気にもならなかった。 そんなわけで、今回は山道でなく平坦な所を選んだが、カメラのせいもあって時間がかかってしまい、トレーニングにはならなかったようだが、それでもまだ植物に引っ張られれば、なんとか低山なら行けそうだ。 来週は毎年行く箱根鷹巣山でトレーニングを兼ねて、体力テストをやり直そう・・・ |
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2002年7月21日 |
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