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コミュニティーホール

Comunity Hall
 一 友 会 館...
ICHIYU  KAIKAN
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ご 案 内
Information
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ホール正面の額
一友会館はこんな会館です
パソコンを使っての会議ができます.
料金のご案内
案内図
駐車場のご案内
部屋のご案内
ご葬儀の案内
一友会館建設の経緯

会館の名称はかつての壱丁目(現本町)自治会名称「一友會」からつけました。.(昭和34年)
戦後、本町商店会の名称としても使われました。.大正5年の一友會会則


  
館内に無線ランの設備ができました。
  ノートパソコン用の
無線カードをお貸しできます無料
  プロジェクター
の設備ができました。パソコンを使っての会議ができます。.
     ノートパソコンはご用意ください。また、プロジェクター使用料は別料金です。(1000円)

  輪転機によるコピーサービス(100枚以上) 1枚3円(紙持込)
  
紙折り機もございます(無料)

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住   所 〒271-0091 松戸市本町12-4.
駐車場のご案内 (松戸駅から西口徒歩5分)
休 館 日 年末年始
電  話 047-364-4254
管理人携帯 070-6192-8903
FAX 047-367-8794
E-メール  jichikai@honcho-matsudo.com
土地:243.42u (73.63坪)
建物:318.09u (96.03坪)
利用案内
利用料金  座敷案内
 1F 36畳の大きさ  2時間  5,000円  2時間を超えた場合  1時間  2,500円
 2F 10畳の大きさ  2時間  2,000円  2時間を超えた場合  1時間  1,000円
 2F 20畳の大きさ  2時間  4,000円  2時間を超えた場合  1時間  2,000円
 2F 50畳の大きさ  2時間  6,000円  2時間を超えた場合  1時間  3,000円

なお、楽器演奏などを伴う場合、使用質を指定させていただく場合がございます
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一 友 会 館飲食ご自由 です
ですから クラス会・新年会・忘年会・歓送迎会・結婚披露宴・クラブ例会・各種パーティーにもご利用になれます
各種自動販売機・生ビールサーバーも用意してあります
食事は随時ご用意できます

一 友 会 館
ゆっくりと 使っていただけます
開館時間 午前8時〜午後10時

一 友 会 館 「自 在 空 間」   図面へ
使いかた いろいろ10畳から50畳(100人)まで
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演説・講演会場・会議室として
 
この画像はEPSONの広告ページからですが、おおよそこんな感じでご利用いただけます。

パソコンスクールに 
       複数台のパソコンが接続可能です 


結婚祝いの会に・・・・・
美術工芸教室なとに・・
       書道教室・ペン字教室・絵画教室・日本画教室・墨絵教室・編物教室
       その他美術・工芸・写真教室・生け花教室

文芸教室に・・・・・・・
       俳句・短歌・その他文芸教室・手工芸・折紙・語学・歴史・読書会など

舞踊・民謡のお稽古に・・
       民謡教室大正琴・日本舞踊・邦楽・詩吟・小唄  
  
音楽教室に(アップライトピアノがあります)
       弦楽器教室・小コーラスグループの練習に(大音響でないもの)

ダンス教室・練習に・・・・・
      フォークダンス・フラダンス・スクウェアダンス・パントマイムなど

健康体操教室に・・・・・
      ヨガ・太極拳等あまり激しくないもの 柔剣道・レスリング・重量挙げ等は不可

そのほか・・・・
      マジック・小演劇・ビデオ鑑賞会・映写会・販売展示会などなど・・
 
一友会館は 通夜・葬儀会場として
どの地域の方にも お使い頂けます
詳細はこちらへ
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1階
2階

     
         一友会館ホール正面の額


秋葉好徳様は本町宮本眼科の宮本みち子先生の幼友達でした。宮本先生は氏の上記詩をぜひとも、一友会館に、ということで、阿部桂石先生(毎日書道展会員・創玄展審査員)に書にして頂いたものを、寄贈くださいました。
先生に感謝申し上げ、一友会館ホールの正面に掲げさせていただきました
。 あとがきへ


秋葉好徳遺稿集
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風のひかり

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秋葉好徳氏略年譜
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大正12年 4月15日 松戸二丁目に生まれる
昭和10年 松戸尋常高等小学校南部校舎
五年次に詩文の才を認められ、文集「待土」に綴り方、詩など収録される
昭和11年 千葉県立東葛中学校入学
剣道部に所属(15年に二段)
昭和16年 東葛中学卒業 剣道部主将
功労賞受賞 文芸に深く志向
同年千葉高等園芸学校入学
昭和18年 戦時繰上げ卒業 剣道三段
「あきつ」「歌と評論」等に短歌を寄稿
藤川忠治氏に歌才を認められる
関東缶詰に技師として入社
若山牧水の歌風を慕い信州に遊ぶ
昭和19年 過労で倒れる 肺結核進行
松戸の自宅で療養
昭和20年 市川・化学療法研究所付属病院入院
6月永眠 享年23歳
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序にかえて        岡本太郎

秋葉さんが二十三歳の短い人生を閉じられたのは、沖縄に最後の死闘が展開していた、昭和二十年六月七日のことでした。

それから、もう二十三春秋が過ぎ去ってしまったのです。
あの戦乱の時代、秋葉さんの周辺にあって、<青春> とはなにか、<永遠の愛> とはなにか・・・・・を激しく問い合い、それぞれの境涯において <国運> に殉じようとした私たちは、はからずも生きながらえながて、いまや世俗に馴れつつ、漸くかつての純粋さを失わんとしております。

しかし、絶対至醇の <二十三歳の青春> を、永遠に生き続ける秋葉さんを追憶するとき、私たちはもう一度、あの <無償の青春> 時代の私達に回帰できるような気がしてなりません。

その意味で、この 《遺稿集》 は、秋葉さんの透徹した <生と死> のモニュメントであると共に、生き残った私たちの 《青春譜》 でもあるのです。そう宣言しても、秋葉さんは決して叱りはしないでしょう。

天性の<詩人>であり、俊英の <剣士> であり、緻密な <科学徒> であった秋葉さんの短かったが完全に燃焼しきった人生を回想するとき、私たちの <精神形成史> にとって、秋葉さんの存在が如何に高貴なものであったかを知るのですが、とりわけ、秋葉さんが、<永遠なるもの> を求めてやまない、厳粛な巡礼者だったことに、私たちは無限の感動を覚えずにいられません。

日本の疾風怒濤時代の <青春> を象徴したとも言うべき、この 《遺稿集》 を、私たちは誇りをもって次代に伝えたいと思います。


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あ と が き

秋葉さんの遺稿集を 「風のひかり」 と題したのは、生前みごとな筆跡で歌を浄書しておかれた大学ノートの扉に、みずからそう書かれていたからです。

ここに収録した <短歌> <> <俳句> は、秋葉さんが書き残した歌稿・ノート・書簡などから、平野、岡本の二人がその責任において抄出したものです。

<短歌> は約七百首より百二十七首を、<俳句> は約八十句より二十一句を、<> は全十二篇を、それぞれ年代順に配列しました。
また、秋葉さんの 「略年譜」 は、平野、岡本の当時の日記、秋葉さんが土浦航空隊の岡本に宛てた二十二葉のハガキなどによって纏めました。


秋葉さんの遺稿集を出したいということは、私達の久しいあいだの念願でしたが、ことしの (昭和四十二年) 七月三十日、二十年ぶりに宮本、平野、岡本の三人が松戸の地に相会したとき、期せずして決定をみたものです。

さいわい秋葉さんの厳父 ・ 徳次氏の鎮魂詩、妹の智恵子さん (昭和二十五年七月二十八日、二児を遺して故人となられた) の手記をはじめ、松戸小学校時代の作文専科教師・中村正一氏、千葉高等園芸学校時代の生徒主事・藤井健雄氏、東葛飾中学時代の剣道部後輩石渡康雄氏、小学・中学を通じての後輩・宮間満州雄氏、小学校の一年後輩・谷内 (旧姓上条) 美津子さんなど、故旧の人々の <追悼文> を収載することが出来ました。
泉下の秋葉さんもきっと喜んでくださることでしょう。

  昭和四十二年晩秋
岡本 太郎
宮本みち子
平野 順治

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