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   松戸を知るための年表

   
  戸定館 (写真 松戸 戸定歴史館HPより)

まえがき

このたび本町自治会HPを開設するにあたり、あらためて松戸の歴史年表を作成して見ました。
松戸の歴史は神話の時代からのものですが、近代松戸の歴史はわが国にとっての本格的な国際関係の歴史でもあり、興味を掻き立てられるものがあります。概略であっても日本史・世界史のなかで観ることはなかなか面白いものです。

本町自治会HP開設に際してこのささやかな年表を皆様が自分史、家族史と併せ、その頃を思い出し、また、松戸市の「写真で見る松戸の歩み」とも合わせご覧になって、いささかでもお楽しみいただければ幸に存ずる次第です。
(アカデミー賞受賞作品は作品賞に限らずに記載しました)

                 

 明治38年〜大正15年へ


 昭和元年〜昭和20年へ
  ハラキリ問答・斎藤隆夫

 昭和21年〜昭和30年へ
  東京裁判
 自治会の歩み
 昭和31年〜昭和44年
 もはや戦後ではない
  昭和45〜昭和63年

  平成元年〜


   参考    『日本史年表』 児玉幸多・吉川弘文館   別冊歴史読本『古事記』『日本書紀』総覧
          『年表 古代オリエント史』 高橋正男著
          『少年日本史』 平泉 澄  皇学館大学出版部    『古代史新聞』 日本文芸社

       改定新版 『松戸の歴史案内』松下邦夫著
 (松戸宿絵図
            

松戸神社縁起

縄文時代 夏王朝伝説(中国)
松戸に人が住み始めたのは約3万年前、旧石器時代
縄文時代(13,000年〜12,300年前)には台地の下まで海が入り込み、全国的にも有名な幸田(こうで)貝塚をはじめとして100を超える遺跡が確認されています
弥生時代以降の遺跡数は少なく、古墳時代には河原塚古墳などが築かれました
(以上は松戸市のHP『「松戸の歩み」概要』より) (参考)松戸の文化財
メソポタミアに都市国家?
BC 3000 エジプト第一王朝
三内丸山  集落開拓  艮(丑寅・東北) 坤(未申・南西)に祭祀線
        中国より300年古い漆技術成功  六ヶ所村 八戸にも集落
BC 2500 揚子江上流に都市国家?
BC 2000頃の環状列石(ストーンサークル)(祭場?)十和田で発見

BC1900頃の西日本最大の定住集落  琵琶湖畔で発見
        住居・生産施設・墓・祭祀施設 冬至の日没点きぬがさ山
BC 1900 メソポタミア統一   ハムラビ法典
BC 1700 殷王朝  →  BC 1160頃  →  周王朝  → BC 771
BC 700 アッシリア帝国黄金時代   鉄器   イスラエル滅亡
BC 667 日向族
BC 600


バベルの塔 空中庭園 
古代オリエント科学(数学・三平方の定理・歴法)
アーリア人東方に移動   ガンジス川都市集落 釈迦
BC 550 諸子百家   釈尊入滅(BC 486)   ソクラテス裁判(BC 399)
BC 403 中国戦国時代  秦  魏  趙  燕  韓  楚  斎
BC 331

アレキサンダー  ペルシャ軍殲滅  
        →  BC 323 アレキサンダー大王死す
アリストテレス死す(BC 322)
BC 300 孟嘗君(斎)  鶏鳴狗盗で危機脱出
BC 241

ローマ カルタゴを破る(第一次ポエニ戦役)
弥生時代
BC 221 秦王政 始皇帝となる BC 218 ハンニバル アルプスを越える
BC 202

劉邦 漢王朝 ハンニバル対スキピオ 
         カルタゴ敗北(第二次ポエニ戦役)
BC 194 衛氏朝鮮   BC 168 ローマ   マケドニアを滅ぼす
BC 146 カルタゴ滅亡   BC 141 漢の武帝即位   儒教  五経博士
BC 126 張騫  西域踏破   BC 108 前漢衛氏朝鮮を滅ぼす
BC 73 スパルタカスの乱   漢の武帝死去(BC 87)
BC 51

カエサル ゲルマン族を撃退  ローマ文明の基礎 
カエサル暗殺(BC 44)
イエス・キリスト誕生  前漢滅亡 → 王莽 新
30 キリスト十字架に架けられる
57 後漢光武帝 倭の奴国王金印?
100 蔡倫 紙を発明   2世紀 大乗仏教
313 ミラノ勅令(キリスト教信仰の承認)
325 ニケア公会議 三位一体 「イエスは神」
451

カルケドン公会議 
三位一体「イエスは完全な人であって完全な神」
敏達天皇 壽 48才
用明天皇 壽 48才
崇峻天皇 在位5年
538 仏教伝来
推古天皇 在位26年
593 聖徳太子摂政となる
607 小野妹子を隋に遣わす 法隆寺創建
 日出づる処の天子、書を日没するところの天子に致す、恙無きや・・
622 聖徳太子死す    618 隋滅び唐興る
630 遣唐使始まる    633玄奘三蔵インド旅行
645 大化改新
660 中大兄皇子水時計を作る  669藤原鎌足
672 壬申の乱
701 文武天皇 大学・国学を置く 大宝律令 租・庸・調
710 平城京へ遷都    行基 社会事業
752 法隆寺大仏開眼  755安禄山の反乱  道鏡
平安時代


隣の市川市国分付近に下総国の国府が置かれ、常陸へ向かう官道が松戸を通っていました。「更科日記」の中での「まつさと」の名前で、登場しています。
794 平安京遷都
828 空海 綜芸種智院創立
840 イングランドへのヴァイキングの侵略
894 遣唐使廃止
臣某(それがし)、謹(つつしんで)案ずるに、大唐の凋弊これに載すること具(つぶさ)なり。臣等伏して旧記を検するに、度々の使等、あるいは海を渡りて命に堪えざる者あり。あるいは賊にあひて遂に身を亡ぼす者あり。唯未だ唐に至りては難阻飢寒の悲ありしことを見ず。中灌申し限ずる所の如くんば、未然の事推して知るべし。臣等伏して願はくは、中灌録記の状を以ってあまねく公卿・博士に下し、つまびらかに其の可否を定められんことを。国の大事にして独り身のためならず。且つは款誠を陳べて伏して処分を請う。つつしんで申す・・・・
菅原道真 宇多天皇への上奏文
907


唐滅亡  960趙匡胤 宗を建国  
962神聖ローマ帝国成立 オットーT世
源氏物語
1099 十字軍エルサレム奪還 カノッサの屈辱(1077) 宇治平等院(1053)
鎌倉時代




下総国は、千葉常胤が守護に命じられ一族が各地に広まりました。「アジサイ寺」で知られる長谷川山本土寺には、日蓮直筆による「諮l御返事」・「大学三郎御書」の二つの文書、馬橋にある臨済宗「万満寺」の「阿」「吽」の仁王(金剛力士)像が国の重要文化財であります。
1192 源頼朝 鎌倉幕府を開く
1156

保元・平治の乱 平清盛太政大臣(1167) 
イタリア地中海を制圧(1140)
1175 法然 専修念仏(浄土宗)
1185 壇ノ浦の合戦・平家滅亡  源義経死す(1189)
「抽賞を被るべきのところ、思いのほかに虎口の讒言によって、莫大の勲功を黙止せらる。義経犯すことなくして咎を蒙る」

故頭殿(父義朝)御他界の間、無実之子となりて母の懐中に抱かれ、一日片時も安堵の思いに往ぜず、身を在々所々に隠し、辺土遠国を栖となして、土民百姓等に服仕せらるる。しかれども幸慶たちまち純熟して、平家を責め傾けんがために、ある時は蛾々たる巌石に駿馬を策ち、ある時は漫々たる大海に風波の難を凌ぎ、身を海底に沈め、骸を鯨睨の鰓(あぎと)に懸くることを痛ましくせず。しかのみならず甲骨を枕となし、弓せんを業となす本意は、亡魂の憤りを休めたてまつり、年来の宿望を遂げんと欲するのほか他事なし
源義経 腰越状

1206

ジンギスカン出現  モンゴル東ヨーロッパ侵攻(1241)
元寇・文永弘安の役(1274・1281)
1274 マルコポーロ  1297徳政令  
室町
戦国時代


戦国時代には、千葉市の一族から出た高城氏が小金城を築き東葛飾地方を支配し、胤辰の代には、有名な国府台の合戦(1564)で活躍し繁栄しましたが、豊臣秀吉の関東攻め(1590)によって開城しました。
1333

鎌倉幕府滅亡 建武の親政  1336室町幕府
ヨーロッパにペスト大発生(1348) 徒然草
1368

朱元璋・明を建国   1393李成桂・朝鮮建国
1392足利義満・南北朝統一 
1431 ジャンヌ・ダルク殉教  1421明・北京に遷都
1453

オスマン・トルコ コンスタンティノーブル制圧
1455イングランド バラ戦争
1492


足利義政8 応仁の乱(1467−77 
コロンブス北米大陸発見
V・D・ガマ・インド航路発見(1498)
1541 鉄砲伝来  カルヴィン宗教改革  ルターの宗教改革(1517)
1549

キリスト教伝来   ルネッサンス後期  
エリザベスT即位(1558)【E】
1560

桶狭間  信長比叡山焼討  
信教統一令(1559) イギリス国教会1590
秀吉天下統一  エリザベスT スペイン無敵艦隊撃滅(1588)
1590 万満寺に秀吉の一銭切制札
伊奈忠次関東郡代市川松戸房川三関吏
小金3万石として武田信吉
1591

家康万満寺に70石 本土寺に10石寄進
根本村鎮守を高城播磨再興
1594 西蓮寺が下矢切に建つ
1600 関ヶ原
江戸時代



幕府が水戸街道を整備すると、松戸と小金は宿場町として繁栄し、本陣や旅篭が軒を並べ、松戸の江戸川沿いには河岸ができ、銚子方面でとれた鮮魚を江戸まで運ぶ中継基地として発展しまし、また幕府直轄の馬の放牧場がありました。
1603 家康江戸幕府を開く
1604 東インド会社設立【E/H】(1602)【F】(1604)
1609 松戸川岸来迎寺(現平潟)創建
1611 善照寺 松戸村向山より現在地に移転
1613 西蓮寺 現在地に移転(松戸市松戸二丁目)
1614 小金牧で野馬捕り8匹幕府へ
1619 藤原惺窩(近代朱子学の祖)
1620

徳川秀忠2     
清教徒の北米上陸 ハーヴァード大学創立(1636)
1626 寛永3年 松戸神社創建 祭紀に御嶽大権現を称し祀る
1631 老中より郡代宛て「百姓渡」覚書
松戸〜小向 矢切〜柴又 「矢切の渡し」の始まり
1657 林羅山(朱子学)
 1657 水戸藩主徳川光圀   「大日本史」編集始まる
 


水戸光圀公が松戸神社に立寄られたとき、大銀杏の上の白鳥を射ようとして、従者に止められたが、光圀公は矢を放とうとしたところ、弓が中央から折れた。光圀公は折れた弓矢を奉納され、神前に陳謝してお帰りになった。(奉納した1739年の火災により焼失)  松戸神社縁起より
1659 朱舜水帰化
1669 山鹿素行(中朝事実)     
1676 松戸新田・高塚新田成立
1682

山崎闇斎(垂加神道) 伊勢大神宮儀式の序を作成  
日本書紀により神代を回想  天壌無窮の神勅を掲げる
1690 東漸寺梵鐘できる
1699

松戸村 松戸町になる
  (『改定新版 松戸の歴史案内』松下邦夫著)
1702

元禄12年 徳川綱吉5 赤穂浪士 
エール大学創立 プロシア王国成立(1701)
1704 江戸川洪水
1716 亨保1年 徳川吉宗8 亨保の改革
ハノーヴァー朝・ジョージT
【E責任内閣制「国王は君臨すれど統治せず」
ジョン・ウェスレー(1703〜91) 
大衆伝導運動によってメソジスト教会を開く
ルイ15世【F】
1729 石田梅岩  心学を唱う
1739 松戸宿火災 御嶽社(現松戸神社)消失
1769 賀茂真淵
1776 安永5年 徳川家治10  田沼意次・天明大飢饉
アメリカ独立戦争13州独立  ルイ16世(1774−92)【F】 
産業革命 国富論(A・スミス)【E】 ゲーテ【G】
1789 寛政2年 徳川家斉11 化政文化   初代大統領ワシントン
松平定信・寛政の改革
フランス革命【F】 ルイ16世処刑(1793)
ドイツ学芸の全盛時代
1798 古事記伝(本居宣長)
1801

亨和1年 アメリカ首都をワシントン
ルイジアナをフランスより買収(1803)
1811 平田篤胤
. この頃松戸宿絵図
1822 上杉鷹山死す
「伝国の辞」
一、

国家は先祖より子孫に伝え候国家をして、我、私すべきものには之無く候
一、

人民は、国家に属したる人民にして、我、私すべきものには之無く候
一、

国家人民のために樹てたる君にて、君のために樹てたる国家、人民には之無く候
冶憲
冶広殿

  なせば成る
  なさねば成らぬ何事も
  成らぬは人の
  なさぬなりけり


1827 日本外史(頼山陽)
1840

天保11年 徳川家慶12 阿片戦争【E/C】 
マルクス共産党宣言(1848)
水野忠邦 天保の改革 ペリー浦賀来港(1853)
太平天国の乱【C】(1850)
1852 近畿風水害  1853 関東大震災  1854 下田地震 大津波
1853

嘉永6年 徳川家定13 
日米和親条約(54) 下田条約(57) 日米修好通商条約(58)
万延2年 徳川家茂14 
南北戦争(奴隷開放宣言 1863)リンカーン暗殺(1865)
1858 コレラ流行 死者3万人
1855

安政2年 大地震で松戸神社1855拝殿倒壊
江戸大地震(藤田東湖圧死)
1859 安政の大獄
1864

水戸浪人天狗党(史跡 上本郷 首切地蔵)
マックス・ウェーバー誕生
1855 文久3年 松戸神社 1855再建  今日にいたる
1866 徳川慶喜15 ドイツ 鉄血宰相・ビスマルク ドイツ統一めざす
薩長同盟 大政奉還(1867) 普墺戦争 モルトケ電撃作戦
米ロシヤよりアラスカ買収
    1868 明治元年 一世一元制度決定
有栖川宮熾仁親王(総裁) 近藤勇 流山で捕る
マルクス「資本論」
神仏分離令  廃仏毀釈運動起きる
1869

明治2年 松戸 金町関所廃止
     
 スエズ運河開通【F/E】
1870 明治3年  三条実美(右大臣) 普仏戦争
1871



明治4年 三条実美(太政大臣)
ドイツ帝国成立・連邦国家制 軍事・外交は皇帝 
              政府・議会は各邦
清 光緒帝(1874)西太后
1872

明治5年 廃藩置県 岩倉具視等欧米派遣 
       ドイツ帝国憲法立法
       学制頒布 太陽暦を採用 
1873

明治6年

松戸市立中部小学校の開校       
松戸尋常小学校(現中部小学校)西蓮寺に開く
征韓論敗北 地租改正法交付
1874 明治7年
1875 明治8年 三条実美(太政大臣)
英 スエズ運河株券買収 米 ハワイと通商互恵条約
1877 明治10年 三条実美(太政大臣)
西南戦争 ベル電話機発明 
     エジソン蓄音機・電灯発明(1976−79)
1879 明治12年 松戸警察署設置
1882 明治15年 御嶽社を松戸神社とする
1884

明治17年 松戸尋常小学校新築
     (現伊勢丹松戸支店の場所)
1885

明治18年 伊藤博文内閣 
ドイツ植民事業開始 マーシャル群島占領
太政官制度廃止 鹿鳴館に仮装舞踏会盛ん(1884)
1886 明治19年 イギリス・ビルマを併合
1889

明治22年 山県有朋 
ドイツ・ウィルヘルムU即位 海軍増強 積極策
大日本帝国憲法発布 東海道本線全通 歌舞伎座開場
1889 明治22年 町村制施行
松戸町 明村(現根本)八柱村 高木村 馬橋村 小金町
1892 明治25年 英・ランカシャーの紡績工ストライキ
1893 明治26年 川崎銀行松戸支店開業 訂正
1894 明治27年 伊藤博文2 エジソン活動写真発明(1893)
日清戦争 日英条約 豊島沖・黄海の海戦(勇敢なる水兵)  
                御木本幸吉養殖真珠
1895

明治28年 伊藤博文2 第1回近代オリンピック(1896)
           義和団事件(1899)
三国干渉 遼東還付 米・ハワイ併合(1898)
1896 明治29年
日本鉄道株式会社海岸線(常磐線)田端〜土浦間開通
松戸駅開設
1897 明治30年 金町駅 1898 馬橋駅開設
1898 明治31年 常磐線全線開通、馬橋駅開設 
1900 明治33年 馬橋に鞄穴給竝s開業
1902

明治35年 川崎銀行松戸出張所開業(松戸1906番地)
              参考:松戸市立博物館の松戸市宿場町建築物調査報告書
1904











厳頭之感

悠々なる哉天襄、遼々なる哉古今、五尺の小躯を以て比大をはからむとす、ホレーショの哲学ついに何等のオーソリチーを値するものぞ、
万有の真相は唯一言にしてつくす、曰く”不可解”
我この恨を懐て煩悶終に死を決す。
既に厳頭に立つに及んで、胸中何等の不安あるなし、
始めて知る、大いなる悲観は大いなる楽観に一致するを。

藤村 操(5/22)

1903 明治36年
ライト兄弟飛行機発明(1903)
  
この後わずか65年で月面に着陸!!( リンク ×で戻ります )

日露戦争 日本海海戦
1904 明治37年 桂 太郎 血の日曜日(ロシアT革命) 
1906 明治39年 松戸神社幣帛料供進される
社殿内扁額  有栖川宮熾仁親王御染筆  
天井絵画 扁額 谷文兆高弟 永湖(えいがい)
神苑  3,500平方米  御神木  樹齢 700年
秋葉神社 水神社 三峰神社  稲荷神社 厳島神社 松尾神社
八坂神社 庚申社 浅間神社 金毘羅神社  八幡神社
つづく
松戸市のHP  写真で見る松戸の歩み(明治・大正)へ

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