ふれあい松戸川の木橋の名は、以下の歴史を元に命名いたしました。
本町自治会・納屋川岸町会・平潟自治会.
橋梁完成記念バーベキュー大会
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小 向 橋 
    Komukai-Bashi

かつては松戸と金町・柴又を結んだ農家の渡し「矢切の渡し」のほかにも、松戸と対岸を結ぶ渡し船は「大膳の渡し」(馬橋主水新田と埼玉県八木郷村間)と、ここ平潟と対岸埼玉県八木郷村小向との間を結ぶ「小向の渡し」がありました。

源 内 橋
     Gennai-Bashi

元禄の頃、江戸の人口は100万人を超え、東京湾だけでは鮮魚の需要が間に合わず、幕府は銚子沖も漁場としました。そのため銚子〜江戸間をできるだけ短時間で鮮魚を運ぶために考え出されたのが、利根川・布佐〜松戸間を陸路 (下総なま街道) で、ここ納屋川岸に、そして、納屋川岸から船で江戸川を下り、日本橋にいたるルートです。
元禄時代から輸送が鉄道に変る明治までの間、この鮮魚街道(なま街道)のゴール、日本橋への出発点の役目を担っていたのが青木家で、源内川岸とも呼ばれました。青木家は歴代源内を継承しております。







維新前〜平成までの青木邸(解体前)
江戸川図志 山本鉱太郎著 崙書房出版 2001年6月30日 236ページ








解体前の青木源内邸 (青木家所蔵 菊地健蔵描く)


「常設展示図鑑」 松戸市立博物館より

詳細につきましては、YAHOO!またはGoogleで 「下総鮮魚街道」 を検索ください。1ページに出ます。