「東京裁判」におけるアメリカ人弁護人に見る職業倫理・公平性

昭和21年5月14日

【東京裁判の管轄権問題について清瀬一郎弁護人、J・ファーネスに続く米国人弁護人・ブレークニーの補足動議】
( J・ファーネスはその後、ドラマ・「私は貝になりたい」に特別出演した )
戦争は犯罪ではない
戦争法規があることが戦争の合法性を示す証拠である

戦争の開始、通告、戦闘の方法、終結を決める法規も戦争自体が非合法ならまったく無意味である。
国際法は国家利益追及の為に行なう戦争をこれまでに非合法とみなしたことはない。

歴史を振り返ってみても、戦争の計画、遂行が法廷において犯罪として裁かれたためしはない。
我々はこの裁判で新しい法律を打ち立てようとする検察側の抱負を承知している。
しかしそういう試みこそが新しくより高い法の実現を妨げるのではないか。
平和に対する罪 ” と名付けられた訴因は、ゆえに当法廷より却下されねばならない。


戦争はどんな戦争であれ犯罪ではない
まして戦争に伴なう人命殺傷は犯罪者の殺人と違う。

それは殺人罪ではない。
戦争が合法だからである
つまり合法的な人殺しなのだ
殺人行為の正当化である
例え嫌悪すべき行為でも犯罪としての責任は問われない。これを問うことは、戦勝国の殺人は合法的だが、敗戦国の殺人は非合法だというのに等しい。

日本における裁判速記録において、以下は “通訳なし”となっている

もしキット提督 (真珠湾攻撃の際戦死した米太平洋艦隊の提督) の死が真珠湾空襲による殺人罪になるならば、我々は広島上空に原爆を投下した者の名前をあげることができる。

投下計画した者の名前を挙げることができる。
投下を計画した参謀長の名を承知している。
その国の元首の名前も我々は承知している。

彼らは殺人罪を意識したか?
してはいまい。
我々もそう思う。

それは彼らの戦闘行為が正義で、敵の行為が不正義だからではなく、戦争自体が犯罪ではないからである。
何の罪科でいかなる証拠で戦争による殺人が違法なのか。

原爆を投下したものがいる
この投下を計画し、その実行を命じ、それを黙認したものがいる。
その人たちが裁いている

彼らも殺人者ではないか。

恩讐を越え、前年までの敵國・日本の指導者被告の利益のために、原爆問題まで持ち出したアメリカ人弁護人の、おそらくは職業倫理に基づくフェアーな弁護活動に、法廷は感動したそうです。
記録映画 小林正樹監督「東京裁判」講談社版より



東京裁判 「 国を越えた友情 」

東京裁判に於いて被告本人による証言は1回だけ認められていたが、その権利を放棄した被告の一人に重光葵もいた。

証言台に立たない重光のかわりに、弁護人ファーネスは重光に有利な供述書を求めて英米に飛んだが、その時重光は「友情を利用するようなことはしたくないから、相手がすすんで証言してくれること以外は求めないで欲しい。」旨を伝えた。

しかし、かつて重光が外交官生活を通じて知り合ったアメリカ・イギリス人の友情に満ちた供述書が次々に提出された。
重光の誠実な外交官生活の証しである。


重光はその日の日記に記した。

「国際間の公私の仕事の関係に於いて信頼を得ることほど大切なことはない。
しかも戦争において公に敵味方になる場合には深刻な試練に合う。

国際間において国家を超越して得たこれらの証言は、私の困難な一生を通じて得た立派な報酬として、感謝と誇りを持ってこれを受けることにした。」

とかく「情」と「責任」をいっしょくたにして、かつ「坊主憎さのあまり袈裟まで憎んだ」証言等を引き出した東京裁判のなかで、国を越えた交流の爽やかさを伝えてくれた挿話。

記録映画 小林正樹監督「東京裁判」講談社版より